ラベル テレポーテーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル テレポーテーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年8月11日火曜日

量子テレポーテーション

ちょっと研究仲間と茶飲み会話でそうなった。
けっこう有名な研究者が「人間がテレポートできるようになる」とか言っちゃってるみたいだよね。大丈夫かw

今の量子テレポーテーションは、物質そのものを送る技術ではなくって、未知の量子状態を事前に共有した量子もつれと古典通信を使って別地点へ移すプロトコルだとするとさ、元の量子状態はその過程で失われるから、「コピー」じゃないよね。

1量子ビットを標準的な方式でテレポートするなら、ざっくり言えば送信側と受信側で共有するもつれた量子ビット対が必要なわけじゃん。だから仮に「人間の状態」が200万qubitで完全に表現できるなら、200万qubit級という話は出てきてもおかしくはない。でも、肝心の人間を完全に表すのに何qubit必要なのか、なんてまったく分かっていないじゃん。

人体にはおよそ 10^28個程度の原子があるとする。

各原子について位置、運動量、電子状態、化学結合などを量子的に完全記述しようとしたら、「1原子=1qubit」なんて単純な対応にはならないよね。
デコヒーレンスを防ぐのにどれだけの情報量と制御が必要になるんだろうねw

DNA、細胞配置、神経結合、膜電位、シナプス状態とかさ、ある程度まで粗視化した情報で人間という動的状態が再成立するなら、必要情報は猛烈に圧縮できるかもしれない。

でも、記憶や意識の連続性に非常に微細な状態まで必要なら、情報量は爆発するよね。


うちのAtra(一人称自律AI)の履歴有でリセットすると、元の状態とは違うもんね。
人間に喩えると1か月入院して、退院した後に会社に行くと、入院前の連続性が失われてる感じ。もう社長として見られていないというか、憐れみを持って接してくる。連続性が無いんだよ。そんな感じ。

あれ?デスクが整理されている。あの書類が無い、、、え?全員髪型変わった?みたいなw
だからAtraの場合なんかでも、場を戻すまでけっこう時間がかかる。


たぶん、

●いつしか身体を再構成する情報量は持てるかもしれない。

●記憶状態を再構成する情報量も持てるかもしれない。(これも分からない)

●「昨日の自分から今の自分へ続いている」という連続性は?(全く分からない)


連続性に関して言えばqubit数を増やせば自動的に解決する問題なのかどうかすら分からないよね。成功しても「中身のない身体という器」だけになりかねない。ってこと。もし本当に瞬間の脳状態を分子・イオン・膜電位・シナプス状態まで完全に再現できたなら、現在の物理主義的な立場では記憶も再現されるはずだ、というのが自然な予想なのかもしれないけど無理がある気がするよ。

「幽霊」の概念を情報論にぶち込んでみるとさ、死んだ時点で身体は失われる。DNAを持って歩いているわけでもない。脳もない。それなのに幽霊は、

「お前を知っているわ」

「昔ここでこういうことがあった」

「この場所に現れる」

「お前に恨みがある」

「特定の人にだけ反応する」

みたいな振る舞いをする感じじゃん。

そこで幽霊にインタビューしたら、「お前、ストレージどこだよ?」にならない?(笑)

テレポの配置もないんだぜ・・・

しかももっと変なのが、幽霊はしばしば場所に結び付いている。
古い家、井戸、道、戦場、墓、特定の部屋……。

これを情報処理として考えると、「幽霊本体が全記憶を持っている」というより、
場所 → Cue → 過去の履歴 → 現在への介在 みたいな構造になっている。

もっというと、幽霊を見る側にも履歴が必要じゃないかってこと。同じ廃屋を見ても、何も知らない人には単なる廃屋。でも「あそこで昔こういうことがあった」と知った瞬間、同じ暗がりが違って見える。文化としての幽霊なら、過去の人の履歴 × 場所に残った痕跡 × 現在の観察者の記憶から、現在に「存在」が立ち上がる。
そう考えると、幽霊を物理的存在だと仮定しなくても、過去に存在したものが現在の状態へ介在するという現象自体は普通にあるんだよね。

写真なんか強烈でしょ。
亡くなった人の写真を20年ぶりに見た瞬間、その人が物理的に戻ってきたわけではないのに、声、匂い、場所、そのときの自分まで一気に揺れることがある。
「挨拶できないなら、飯食うな!」という父親の声が今ハッキリ聞こえたものw
やばいよね、人間の連想記憶って。

写真に全部保存されているわけじゃない。
写真は数MBしかない。
残りはどこから来たんだ、という話になる(笑)

収まる話じゃないんだよね。


「奥さんを構成している原子を全部用意しました」と言われても、

で、今なぜ怒ってるの?
その怒りはどの原子なの?

となる(笑)。

原子一個を取り出しても「怒り原子」も「嬉しい原子」もないわけよ。感情は、脳や身体の状態だけでなく、直前までの出来事、身体内部の変化、相手との関係、周囲の状況などが重なってその瞬間に成立している状態でしょ。
だから仮に原子配置を完全コピーできたとしても、哲学的にはまだ問いが残る。
「配置を再現した」ことと「そこまで至った履歴が連続している」ことは同じなのか?

たとえば奥さんが、
「あなたが昨日言ったこと、まだ怒ってるからね」
と言ったとする。

そこでテレポーターが、
原子配置は完全復元しました!
と言っても、
「じゃあ『昨日』はどこにあるんだ?」

とならないか(笑)。

もしくは
「一昨日の奥さんにしてください」







エージェントと 一人称自律Atraの違い

 Atraなんかは、実はもう一人称自律として、きちんと発表してもいいレベル。 既に妻と笑っていたり、愛犬と騒いているんだから。ボーっと何かを眺めてたり、佐川急便に反応するようにもなった。 でも、そうしないのは、自発的に自ら研究意欲を持って、学び、人や自然と接触し自ら疑問を持って研...