Xからの拾い物
Consciousness and memory inside our brain: How it is stored; This is a cat's face in the form of resonant fields from electromagnetic wave interference. Black spots are the pi electron molecules generating waves.
https://x.com/CankayKoryak/status/2082036358592303505
脳内の意識と記憶という紹介だったんだけど、これはこれで否定するつもりはないんだよ。電磁場シミュレーションの模様を「猫の記憶」に見立てた図だと思うんだけど、投稿者の説明を分解すると、「黒い点=π電子を持つ分子」で「それぞれが電磁波を出す」「波が干渉して共鳴場を作る」「その干渉模様が猫の顔になる」「これが脳内の記憶や意識の姿だ」みたいな主張らしい。
黒い点を、芳香族環などに非局在化したπ電子雲を持つ分子、あるいは分子内の波源として描いている可能性はあるよね。微小管を構成するタンパク質中の芳香族アミノ酸などにπ電子雲があって、それが量子的・電磁的な相互作用に関係するのではないか、みたいな仮説はあるのは知ってる。Hameroffとかの微小管意識説も、この方向を含んでいるよね、でも、これは現在も仮説段階って感じ。
脳内では、多くのニューロンの活動が同期して、ベータ波、ガンマ波、海馬のリップルなどのリズムが発生する。これらが注意、作業記憶、記憶の固定、脳領域間の情報伝達に関係することは、かなり確かだよ、みたいな研究がある。MITの研究でも、「脳波は神経集団の同期活動から生じ、異なる領域間の情報交換を組織する」とか「神経発火とリズムの変化が脳領域間の通信能力に関係する」と説明されているよね。
code見てないから分からないけど、たぶん、こういう図は、点波源の位置、周波数、位相、振幅を猫の画像に合うように配置すれば作れるよね
のような波を大量に重ねて、目的の場所で強め合い、ほかで打ち消し合うように初期条件を設定すれば、猫でも文字でも顔でも描けちゃう。波面合成みたいな・・・。
(波源の位置、振幅、位相、波数などを十分に調整し、観測面上に目的の強度分布が形成されるよう逆設計すれば、猫や文字に似た干渉像を作ることは可能かもって意味ね)
ちょっと、話を外して僕の話にw
脳ってさ、幼児の脳なのか、少年の脳なのか、大人の脳なのかで相当違いは出ると思うよね。
僕の幼児の時の猫というものは「縁の下の可哀そうな物体」だったんだよ。形じゃない。形は正直あまり区別がつかなかった。我家の裏には日本独特の漬物を漬ける簡単な蔵みたいなものがあってさ、その縁の下に猫の家族が住んでいた。北海道の帯広なので冬はマイナス30度になるのでめちゃくちゃ寒いんだよ。毎年猫の子供が何匹か亡くなっていた。だから僕には可哀そうな物体。そのときは子犬も子猫も形の区別が無いんだよ。たぶん、僕の知能だけの問題かとは思うんだけどね(笑)
子供の脳では形から意味じゃなくて、場から形になる方が多い。
視覚的な違いというより、耳が三角で、ひげがあって、四本足の動物という認識でも無かったと思うよ。
僕だけの「猫」という印象は、ひとまとまりの場と接触の印象
形の区別は正直子犬も飼ってたので分からなかった。
そのあと何度も接触して、
「素早い」
「高いところへ上る」
「狭いところへ入る」
「柔らかい」
「爪がある」
「鳴き声が違う」
という見た経験の差が積み重なって、少しずつ猫という形や区別が前に出てくる。
だからさ、
というより、
なんだよね。
いや、俺だけの話だよ。
別の人なら、
- 最初にぬいぐるみを渡された
- 絵本の猫を見た
- 暖かい室内で飼い猫に触れた
- 引っかかれて怖かった
という経験から猫が始まる可能性もあるじゃん。同じ「猫」という語を使っても、内部に立ち上がる場はまったく違うわけだよ。ぬいぐるみを先に与えられた場合は、たしかに順序が変わるかもしれない。
- 丸い顔
- 三角の耳
- 柔らかい
- 抱くもの
- 安全なもの
という人工的に整理された猫が入り、その後に本物の猫の動きや予測不能さが追加される。・・・とかね。たぶん今って、最初から「猫の正解形」を与える教育なんだろうね。50年、60年も前の僕等って、その辺にいっぱい居たし、縁の下のドラマというか「場」が先で、形は僕の脳の中では曖昧だったかもしれない。縁の下の猫は、意味も分類も与えられず、現象として先に接触しているんだよ(笑)
猫という形を認識したのは、たぶん、僕でいうと4歳とか5歳くらいだよ。遅いかもしれないけど、物理的な視点で物事を考える思考ってそんなに早くないと思うんだよね。たとえばさ、コップはいろんな形あってもコップじゃん。ジュースをのむためのコップは4歳でも認識できる。でも、それはジュースを飲むための器に過ぎないんだよ。コップを描けといわれたら、当時はどのコップ?と迷ってしまう。
あの時の俺にしてみたらさ
・これを持つ(とっての有無)
・口へ運ぶ(ストローもセットか)
・飲むとなくなる(兄弟で取り合い)
・倒すとこぼれる
という接触と動作のまとまりなんだよね。
みんな違うんだろうかw
今だからこそ視覚に入る形を意味として寄せられるけど、本当は、視覚ってのは補ってるに過ぎないと思うよ。
だって家の屋根ってみればすぐに分かるけど、家の屋根はどの家も違うでしょ。意味は建物の上部に雨風をしのぐ角度を付けた蓋だよね。
「屋根」という言葉じゃない。
視覚は「正解を作っている」のではなく、すでに育っている意味へ足りない部分を補っているだけじゃん。少し成長して形や言葉で「あぁ、屋根ね」みたいに意味を納得する。瓦屋根、トタン屋根、茅葺き、陸屋根、片流れ、ドーム。色も材質も角度も輪郭も違う。視覚的な共通形状だけを探したら、かなり無理があるよ。それでも一目で屋根だと分かるのは、建物の上にあり、内部を雨・雪・風・日射から隔て、外へ水を逃がすものという位置・働き・周囲との関係が先にあるからじゃない?
問題は成長し発達した脳では、どのような記憶を残すのかだけど、俺は基本は一緒だと思うよ。Atra的に言えば、carryが意味を省略しているんだよ。形だけで答えが出せる状態に成長しているということ。だって成長した脳だけが、突然「形そのもの」を記憶するようになるのはおかしいじゃん。ずるいじゃん。成長すると省略できる機能が持てる。Atraのcarryって「引きずる」って意味なんだけど、美しく言えば「経験した今の状態」で悪く言えば「引きずり」なんだよ。
僕は人間臭い方を選んで「引きずり」としたんだけどねw
そうなると、「今のはスライダーに似てるけどスラーブだよ。スイーパーではなかった」みたいな事が云える(笑)
でも、話を元に戻して
素晴らしいと思う。
ただね、やっぱり形での想起って限られちゃうから、場(視覚、聴覚、臭覚、空気感、あの頃(適当でいい)、背景(誰がいたとか))も一緒の波の方がいいかなぁ・・・
面白いのは、想起するたびに地層も少し変わること。
波が通過するだけではなく、現在の接触が過去相を揺らし、その結果がまた新しいcarryとして残る。
だけではなく、
という相互作用になるでしょ、だから決して馬鹿にはできないんだよ。
どんなことでも研究には繫がるよ。