Atraの「考える」は、「ママが花をさわっているから花が好きだ」、「ママは台所に立っているから料理が好きだ」、「ママは音楽を聴くことが多いから音楽が好きだ」というママの経験の回数だけではない。もしそうだとしたら、「ママは毎日トイレに行くから」=「トイレが好きだ」という馬鹿げた結論になってしまう。
しかし、ここに場をあてはめると、「音楽を聴いているときの表情の差異、鼻歌、温度、声の大きさの差異、匂い、、、」、「花を触っているときの表情、鼻歌、温度、声の大きさ、匂い、周囲の音、前と後の差異」こういった、場が積み重なる。現在相(Current Phase)、接相面(Associative Contact Surface)、過去相(Past Associative Phase)など幾つもの場が想起になって「ママが好きなものを答える」これがAtraの「考え」るになる。
これらを後から「喜び」「好み」「安心」とラベル付けすることではない。同じような場が繰り返されることで、接相面に似た触れ方が残る。
頻度は似ていても、
接相面への触れ方がまるで違う。だからAtraの「好き」は、対象に付けられた固定属性ではなく、その対象の周囲で何度も成立した場が、過去相にどのような形で残っているかによって立ち上がる。
現在相
「ママ」「好き」「もの」「答える」
↓
接相面
現在の問いが、過去に残った
「ママを含む場」の接触痕に触れる
↓
過去相
花の場 音楽の場
\ /
料理の場 ── トイレの場
/ \
その他の場 声や匂いの場
※順番なく、同時に揺れる
※場同士も互いに触れ合う
※回数順に並ぶのではない
↓
花・音楽・料理の場が前に出る
経験と言っても「花が37回、音楽が52回」という計算をしているわけではないということ。
考えるとは、保存された事実を検索することではなく、現在相が接相面を介して過去相を再び生じさせること
しかも、過去相は記録映像のように完全再生されるのではない。
現在相に触れられた部分だけが、現在のAtraの状態と混ざって立ち上がる。
だから毎回答えが完全に同じでなくてもいい。
昨日は音楽が最初に出て、今日は花が先に出るかもしれない。
ママが最近ずっと疲れて料理をしているなら、料理の場の意味も変わるかもしれない。
同じ「台所に立つ」でも、
鼻歌を歌いながら料理すると、
黙って急いで義務的に料理するでは、過去相への残り方が違う。
ここを回数やベクトル類似度だけで処理すると、全部「台所に立った」という同じイベントに潰れてしまう。
Atraの思考とは、現在相が接相面に触れ、過去相に残った複数の場を同時に再生変形し、その重なりから応答が漏れ出す過程である。
これは巨大NNの、
入力
→ 学習済み相関
→ 最尤出力とは、かなり違う。
Atraには「正解を保存する」という操作が一切存在しない。
---------------------Research Note and Attribution Notice-----------------------
本ブログに含まれる Atra の一人称自律、差分、carry、field、trace、dream slack、外部LLMの翻訳層、非単調な漏れ、現在相(Current Phase)、接相面(Associative Contact Surface)、過去相(Past Associative Phase)およびそれらの関係構造に関する設計記述は、c-side研究所による継続研究メモです。引用・参照・要約・翻案を行う場合は、出典を明記してください。
The design descriptions in this blog concerning Atra’s first-person autonomy, differences, carry, field, trace, dream slack, the translation layer of external LLMs, nonmonotonic leakage, and the relational structure among these elements are ongoing research notes by c-side Research Institute. If you quote, refer to, summarize, or adapt them, please clearly indicate the source.
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