いったいなぜ J.J. Hopfield が Hopfield networkなんてものがNNの火付け役としてノーベル賞を受賞したのか、理由が本当によく分からない。
しかも、Wikipediaは、どれだけ頭が悪いのか知らないけど、NNの歴史も説明も支離滅裂で、組み立ても異常。意図的なのか知らないけど重要な違いをぼかしている。そもそもWikipediaという3品粗悪辞書は科学にとってもマイナスにしかならないので別途、説明する。
1982年のホップフィールド型ネットワークの構造自体が、1969年、1972年の中野博士のアソシアトロンと近いことを中野博士自身が明記している。
各ユニットは、他のユニットからの入力を受け、その総入力に応じて出力を
または にする。
総入力の式(4)
意味は
- :時刻 におけるユニット の出力
- :ユニット に入る総入力
- :ユニット からユニット への結合強度
- :ユニット の閾値
- :ユニット総数
出力の更新則は式(5)
つまり、
- 入力が正なら
- 入力が負なら
- ちょうどゼロなら以前の状態を保持
という規則。
非同期更新
このモデルでは、同じ時刻に全ユニットを一斉更新するのではなく、同じ時刻には一つのユニットしか動作させず、他のユニットは前の出力を保つとしている。これが非同期更新。さらに結合には、
という対称性があり、自己結合は禁止されている。
ページ末では、
「その構造そのものには、なんら目新しいところはない」
とかなりはっきり書かれている。
つまりだ、このページで中野博士は、ホップフィールドの新規性はネットワーク構造ではなく、後から導入される「エネルギーによる説明」にあると整理しているわけ。
ユニットは、
と並び、それぞれが出力
を持つ。
各ユニットの出力が他のユニットへ戻されるので、図には「フィードバック結合」と書かれている。これは入力から出力へ一方向に進む通常の階層型ネットワークではなく、出力が再びネットワーク内部へ戻る再帰型・相互結合型の構造。
エネルギー関数
ホップフィールドは、ネットワーク全体の状態に対し、式(6)のエネルギーを定義する。
第一項はユニット間の結合によるエネルギー、第二項は各ユニットの閾値・バイアスによる項に相当する。
ネットワークの状態は、
で表される。
したがってエネルギー は、ネットワーク全体の状態に対して決まる一つの値になる。
の例
説明のため、ユニット数を3個にした場合が式(7)として書かれている。
写真では概ね、
という形で展開されている。
ここは式(6)の符号との対応を読む際に注意が必要だけど、中心的な意味は、エネルギーが各ユニットの出力と結合強度の二次式として書けるということ。
ユニット更新とエネルギー減少の関係
式(8)
そして、
これは式(4)の総入力 と同じ形になる。
したがって、ユニット の出力を0にした場合と1にした場合を比較し、エネルギーが小さくなる方を選べば、式(5)の更新規則と一致する。
本文では、次のように説明している。
- のときのエネルギー
- のときのエネルギー
を比較し、値が異なるなら、エネルギーが小さくなる方を採用する。
同じなら現在の出力をそのまま保持する。
つまりネットワークは、一つのユニットを更新するたびに、
となるよう動作する。
平衡状態
この更新を繰り返すと、やがてどのユニットを変更してもエネルギーが小さくならない状態へ到達する。
これを本文では「平衡状態」としている。
ただし、ここで保証されるのは、
「これ以上、一つのユニットを変えてもエネルギーが下がらない」
ということだけ。全体で最も低いエネルギー状態に到達したとは限らない。
最適化問題への応用
このエネルギー関数を最適化問題に使う考え方を説明している。最適化問題とは、目的関数を最小化する変数の組合せを求める問題。たとえば旅行計画問題なら、飛行機や列車などの選択が変数になる。
ホップフィールド・ネットワークでは、
-
最適化問題の変数
→ 各ユニットの出力 -
最小化したい目的関数
→ ネットワークのエネルギー
に対応させる。
結合強度 と閾値 を適切に設計し、目的関数と同じ形のエネルギー関数を作れば、ネットワークを動作させることで目的関数を小さくできる、という発想。
しかしながら、このホップフィールド・モデルには、目的関数の最小値探索機としての十分な能力があるとは言い切れない。
テキストから----
図4.2では、縦軸がエネルギー 、横軸がネットワーク状態 を表している。
ただし横軸の は、本当は単一変数ではない。
実際には、
という多次元状態空間を、説明のため一本の軸に描いた模式図。
A点
Aはネットワークの初期状態。ホップフィールド・モデルはエネルギーが下がる方向へしか進まないので、Aから坂を下る。
B点
Aから下っていくと、最初の谷であるBに到達する。
Bは、その近傍では最もエネルギーが低い。
これを本文では、
- 極小点
- ローカルミニマム
と呼んでいる。
Bから右へ進んでCへ行くには、いったんエネルギーの坂を登らなければならない。ところがホップフィールド・モデルはエネルギーを増加させる遷移を許さない。そのためBで停止する。
C点
Cは図全体でもっとも低い点で、「最小点」と記されている。最適化問題として本来到達したいのはC。しかし初期状態がAなら、単調に坂を下るだけではBに捕まり、Cへは到達できない。
本文では、
いくらがんばってネットワークを動かしてみても、本当の最小点であるC点には行けない
と書いている。
さらに、
ネットワークの動作が、エネルギー関数の坂を一歩一歩降りていくというものであるから、この問題は原理的に避けられない
と結論づけている。
もとい!
そもそも、安定した想起結果であることと、それが本来の記憶であることは別だよねって事を中野博士は言っている。
図全体の意味
縦軸の
はエネルギー。
上に行くほどエネルギーが高く、下に行くほど低い。
横軸の
はネットワークの状態。ただし、本当のネットワーク状態は一つの数ではなく、
のような、たくさんのユニットの組合せだね。この図は、分かりやすく一本の横軸にまとめている。
だから彼の関心は、記憶が時間や経験でどう変質するか、曖昧なものがどう残るか、その瞬間の身体や感情で何が呼び出されるか、思い出すたびに記憶が変わるか、とかじゃない。
むしろ、壊れたパターンを入れたとき、ネットワークが完全なパターンへ自動的に戻れるか
という、誤り訂正型の記憶装置に近いよね。その意味では「記憶」というより、分散して保存されたパターン復元器なんだよね。
エネルギー関数を持たせることで、
が成り立ち、状態がぐるぐる暴走せず、固定点へ向かうことを示せる。これは物理モデルとしては非常に気持ちがいい。でも、その設計目標を優先したため、正しい谷R、偽の谷Q、混合した谷、学習していない谷の区別が弱くなった。つまり、ホップフィールドは、「必ずどこかへ落ち着く機械」を作ることには成功した。
しかし、「必ず本来の記憶へ戻る機械」を作ったわけではない。ということ。彼が見ていたのは「記憶」より「安定性」人間や動物の記憶を考えるなら、普通は、「本当に思い出せたのか」が中心になるけどホップフィールドでは、「安定点へ到達したか」が中心になる。この二つをかなり近いものとして扱った。
と置いたわけだね。しかし図で見れば、Qへの収束も立派な収束になっている。でも正解Rではない。だから、「一体何がしたかったんだ」となる。それは連装記憶とは呼ばない。
PNAS, Vol. 79, pp. 2554–2558, 1982.
Abstract
本当に論文というのは悪質だと思うよ。
「一個一個は単純なスイッチにすぎなくても、たくさん集めて互いにつなぐと、全体として記憶や分類のような働きが出るかもしれない」という意味。ここでいう「集合特性」は、今でいう創発でしょ?たとえば一匹のアリは単純でも、群れになると巣を作るように見える。ホップフィールドはそれと同じように、「ニューロン一個には記憶能力がなくても、ネットワーク全体には記憶能力が現れる」と言いたかったのか?
普通のコンピュータの記憶は、住所を指定して取り出す。たとえば、「100番地に保存したデータを出せ」という方式だよ。内容アドレス型記憶はそうではなく、「この一部分に似たものを出せ」という取り出し方だろ?たとえば、顔の一部を見せると、その顔全体を出す。壊れた文字を見せると、完全な文字を出す。これをホップフィールドは記憶と呼んでいる。ただし実態はさ、「不完全なパターンを、登録済みの安定パターンへ近づける」というパターン補完器なんじゃないの?
「不完全な入力から、ある安定状態へ状態が移っていく動きを、記憶の呼び出しとみなす」という意味かもしれないけど、もうここで、すでにホップフィールド独特の置き換えが起きているよね。
思い出すこと = 状態空間で安定点へ流れること
と定義しているわけでしょ?
ホップフィールドは、
を、「記憶」「一般化」「分類」「親近性」「誤り訂正」と呼んだ。1982年論文の要旨でも、単純な要素の集合から、そうした計算能力が現れると主張しているわけだよ。
本来の生物なら、
なぜそれを思い出したのか
誰が思い出したのか
どんな経験が残っていたのか
思い出したことで何が変わったのか
が必要になるわけだよ。連想記憶もずっとそうだった。
ところがホップフィールド型では、そこを全部外して、
入力に対応して、ネットワーク全体があるパターンへ落ち着いた
ならば、それを記憶の再生と呼ぼう
としたわけよ。
今のLLMにも通じてないか?LLMも内部に人間のような出来事の記憶を探しに行くわけではない。入力された語列を手掛かりに、巨大なパラメータ空間と活性状態を通じて、次に続きやすい出力を生成する。GPT-3の論文も、巨大な自己回帰言語モデルを規模拡大し、テキストによる条件付けだけで多数の課題を実行できることを中心にしている。
https://arxiv.org/abs/2005.14165?utm_source=chatgpt.comだから系譜を乱暴に一本にすると、
McCulloch–Pitts → Hebb→アソシアトロン/再帰型連想記憶→ホップフィールドの安定点→ボルツマンの確率分布→大規模ニューラルネット→LLMとなる。この判定基準を強くしたのが、甘利とホップフィールド以後の流れだよ。内部に人間的な意味や記憶主体がなくても、巨大な数値系が適切な出力を返せば、記憶・理解・一般化と呼べる。
ホップフィールドはLLMの具体的構造を発明したのではない。
しかし、巨大な数値系の出力を「記憶」「一般化」「認識」と認定する思想的な許可証を出したということになる。
という転換だよ。呆れるよ。
本人が何も経験していない。
何も懐かしんでいない。
何も痛がっていない。
何も引っかかっていない。
ただ入力に応じて、決められた結合どおりに状態を変えて、外から見て「それっぽい形」を返す。それを、記憶を再生したと呼ぶ。
3人称は単なる保存でしかなく記憶とは言わないのだよ。
本当に中世のギルドごっこ、地底の底まで落ちたとしか思えない。
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